笑顔が一番
~心から笑顔になるために~
Vol.9【良いエネルギーの中でも自分と向き合うこと】
ご縁があり、知人の勤めている宿坊に、昨年はお客様として宿泊し、今回はお手伝いとして行ってきました。
年齢的なこともあり、主人からは「皆さんの足手まといになるのではないか」と心配されました。
私自身も、若い方に比べればできることは限られているだろうと思っていましたが、それでも宿坊への好奇心の方が勝り、思い切って行ってきました。
その宿坊は歴史ある寺院で、客室などはきれいに改装されていますが、寺院の一部や内階段は当時のまま残されています。
昨年宿泊したときには気づかなかったのですが、階段の段差が高く、仕事で何度も行き来するうちに、気づけば筋肉痛になっていました。
四、五日、若い方々とご一緒する中で、あらためて感じたことがありました。
私たちは、日々の生活のなかでも、良くも悪くもエネルギーの影響を受けながら過ごしていると言われています。
心地よい空間にいると、自然と気持ちが明るくなったり、元気になったりしますよね。
会うと元気をもらえる人や、訪れるとほっとする場所。
そんな人や場所には、やはり良い流れがあるのだと感じます。
宿坊で働く方々は、若くてよく働き、そしてよく食べます。
ご一緒していると、私も自然と身体が動き、食事もおいしく感じて、つい食べ過ぎてしまいました。
最初の一日、二日はそれでも良かったのですが、三日目あたりから、なんとなく身体が重く感じられるようになりました。
改めて自分の身体と向き合ってみると、それはオーバーワークではなく、オーバーイート、つまり食べ過ぎだったのです。
気持ちと身体は表裏一体、とよく言いますが、このときはまさに気持ちが先走り、自分の身体の声を後回しにしてしまっていたのだと思います。
その後、食事の量を今の自分に合うように少し整えてみると、不思議と身体が軽くなり、また自然に動けるようになりました。
どんなときも、自分を見失わないことの大切さを、あらためて感じた出来事でした。
自分を見失わないことは、自分を守ることにもつながるのかもしれません。
たとえそれが良いエネルギーの中であっても、「今の自分にとってどうなのか」「身体と気持ちのバランスは取れているか」を、きちんと見つめていきたいものです。
Vol.8【気持ちを切り替えるために、行動してみること】
お正月のおめでたさも落ち着き、旧暦の節分や立春を迎え、2026年が本格的にスタートすると言われています。
そんな節目の時期に、「気持ちを切り替える行動」をしてみました。
我が家の主人は植木屋です。
どちらかと言うと、良い意味で少し昭和っぽい職人気質。
年末は休みもなく個人邸の仕事をこなしますが、年明けはどうしても仕事が落ち着く時期になります。
自営業という仕事柄、仕事があることで安心すること、そして真面目な主人の性格も重なり、予定が埋まらないと少しずつ気持ちが落ち込んでいく様子が、家族としてよく分かりました。
「気持ちが落ち込むとどうなるのか」を調べてみると、
・何をしても楽しく感じにくい
・やる気が出ない、先延ばしが増える
・悪いことばかり考えてしまう
・自分を責めやすくなる
・人と会うのが億劫になる
とありました。
すべてではありませんが、いくつか当てはまっていました。
さて、家族である私にできることは何だろう…と考え、「仕事以外で外に出ること」を思いつきました。
私と休みが合う日に、あみだくじで外出先を決め、美味しいものを食べて、買って帰る。
そんな小さな外出です。
最初は渋々出かけていた主人でしたが、美味しいものを食べ、日光に当たり、外の空気を吸ううちに、少しずつ表情がやわらいでいくのが分かりました。
その後も同じように数回、あみだくじで行き先を決めて出かけました。
すると帰宅後には「楽しかった。次も楽しみだなぁ」と、ルンルンの様子に変化していきました。
気持ちの浮き沈みは、誰にでもあるものだと思います。
日々の生活の中で、ほんの少しの行動で気持ちが切り替わり、明るく、楽しくなることもあります。
ぜひ、気持ちが落ち込んだときには、自分が楽しく過ごせることをしてみてください。
また、身近に落ち込み始めた方がいたら、楽しく過ごせそうな声かけをしてあげてください。
そのときは、誘う自分自身も楽しめる行動を選ぶことがポイントです。
最初は乗り気でなくても、あなたが楽しそうにしていると、その気持ちは自然と伝わっていきます。
外出でなくても、気持ちを切り替える方法は人それぞれ。
「え、こんなことで?」と思うようなことでも構いません。
気持ちが上がること、自分なりの“切り替えスイッチ”を探してみてください。
きっと、必要なときに役に立つはずです。
Vol.7【気持ちを込めてやってみること】
皆さんは何か習い事をしていますか?
子どもの頃から大人になった今まで、形は変わっても何かしら続けている方も多いのではないでしょうか。子どもの頃の習い事は親が決めてくれることがほとんどですが、大人になってからは「自分が学びたい」「楽しみたい」という気持ちで選ぶことも増えてきます。
私は今、三つの習い事を続けています。ひとつは東日本大震災で欠けた食器を修復したいと思い始めた「金継ぎ」。そして、人に誘われて始めた「朗読」と「御詠歌(ごえいか)」。いずれも気付けば数年続いています。
今回は、その中の「御詠歌」のお稽古で感じたことをお話ししたいと思います。
「御詠歌を習っています」と言うと、多くの方に「御詠歌ってなに?」と聞かれます。御詠歌とは、仏様の教えなどを、鈴鉦(れいしょう・法具の一つ御詠歌をお唱えするときにもちいる楽器)を使って節をつけて唱えるものです。そう説明すると「おばあちゃんがやっていました」と言われることも多いです。
そんな御詠歌ですが先日、人生でも久しぶりの「検定試験」を受けることになりました。試験は一人ずつ、試験官の前で決められた課題を唱えるというものです。
試験前に特別にお稽古をお願いしたのですが、なんと全く唱えられませんでした。何年もお稽古を重ねてきたのに、一人では唱えられない現実に、「私は今まで何をしてきたのだろう」と自分に失望し、焦りも感じました。でも、ここで後戻りはしたくない。そう思い気持ちを切り替え、「御詠歌に気もちを込めて唱える」ということを意識して練習を重ねました。
すると、これまで“なんとなく”唱えていた御詠歌と、気持ちを込めて唱えた御詠歌とでは、まったく違っているのがわかりました。気持ちを込めた御詠歌は、身体から声が出て、不思議なことに自分の耳に返ってくる響きがまったく違いました。
「気持ちを込めて」唱えるとは言葉では簡単ですが、実際に“気”を込めた時、こんなにも違うのかと驚きました。そして「気持ちを込めること」を自分自身がちゃんとできたことで、自分を信じられるようになりました。おかげ様で検定試験は無事に合格しました。
「気」は目に見えません。だからこそ、よくわからないと思う方もいるかもしれません。でも「気を込めて行うこと」と、「何も考えずに行うこと」は、結果は本当に大きく違いました。
もし「気を込めるなんて難しい」と思う方がいたら、まずは、気持ちを込めたいことをイメージしながら、丹田に手を置き、ゆっくり呼吸を整えてみてください。目に見えない気が身体に満ちてきます。きっと少しずつ、自分の内側から変化を感じられると思います。試してみてください。
Vol.6【念願だった滝行をしてみてわかったこと】
この夏、滝行をしてみました。
皆さんは滝行をしたことがありますか?
私はこの夏、高尾山薬王院の水行のひとつ、滝行をしました。以前、亡くなった母に連れられ滝を浴びた事はありましたが、母流でしたので、ちゃんとした作法や所作は知らずにいました。
本格的な滝行と言うと敷居が高く、やってみたいと思ってはいましたが、今年の夏まで叶わずにいました。今年になって八王子市の広報誌に高尾山薬王院での写経のツアーの参加者を募っていて「やってみたい」と申し込み参加すると、今後のツアーの予定の中に琵琶滝水行体験がありました。私の長年の夢が叶うと思い、参加することにしました。
体験とはいえ、山伏であるお導師に付き添っていただき、専用の行衣を着用し、塩で身を清め、作法や所作を教えていただき、御宝号を唱えながらの本格的な滝行でした。滝に打たれる時間は3分程。御宝号を唱えている間に時間は過ぎました。何を考える間もなく時間は過ぎました。
後日、滝行の話を知人にした時に「滝行をしたら何か変わりましたか?」と聞かれ、「滝に打たれて浄化された感じ、例えるならば、水洗いできるお洋服をいつもはドライクリーニングでクリーニングしていたのを水洗いしてスッキリした感じ」と答えました。
以前からさちよ先生には『瀧行よりも人瀧』、形だけの瀧行をするよりも、人瀧、人との関わりが自分を磨いてくれるし、そこに学びがある、と教えていただいていましたが、瀧行を体験することで、そのことがしっかりと腑に落ちました。
瀧行は、山伏、修験者の厳しい修行のひとつ。滝行をする方それぞれ皆さんの感じ方も様々だと思いますし、何かが変わった方もいるかもしれません。
ですが私には、瀧行をする事が重要なのではなく、いつでもどこでも修行はできるということ、日々の日常が修行なのだと思い精進していくことが大切なことなんだ、ということに改めて気づけた良い体験となりました。


