「LotusGarden」(蓮の花の咲く庭)

Vol.8【母と娘の反抗期】

 

ようこそ、Lotus Gardenへ。

こころのアトリエ・そらいろcafeのみやです。

桜の便りが待ち遠しいころとなりました。 

 

もうずいぶん前になりますが、

母と娘の葛藤をえがいたドラマを見ました。

母から娘への過酷な虐待は、愛を知らないが故であり、

愛されている確信が欲しいための行動だった、

というお話でした。

 

母親との関係に

葛藤や複雑な思いを抱えている方もいらっしゃるかと思います。

私もその一人でした。

悩みながらも、その時々で、自分なりの答えを見つけ、

自分の中での落とし所を探ってきたように思います。

 

私がこちらのコラムのお話をいただいたのは、

ちょうど母が入退院を繰り返しているころでした。

母とのことを書き綴ったものでしたが、その中で

「愛の需要と供給のミスマッチ」という言葉を使いました。

 

愛の需要と供給のミスマッチ!

なんてドラマチックな言葉でしょう!

単なるボタンのかけ違えなのに(笑)!

今思えば、ドラマチックな言葉にして、

少しでも他人事のように見たかったのかもしれません。

 

昨年は入院中の母のもとへ日参する日々の中、

私は大げさな言葉で自分の否をごまかし、

母からの愛をかたくなに拒否していたのではないだろうか、と

自問自答することも多くありました。

 

母の愛し方は私には届かなかったのではなくて、

私に受け取る器が出来ていなかっただけなのでは?

私は単に自分を正当化したかっただけなのでは?

 

・・・母が亡くなり、3か月近くが経とうとしている今、思うのは。

私、お疲れ様。ご苦労さん。よく頑張ったね。です。

疲れてささくれた心には、小さなとげもより強く痛く感じるもの。

視界も狭くなるだろうし、その中でよく頑張ったよね。

 

時がたち、より客観的に見られるようになり、

ふと気がついたことがありました。

それは、母も私も

遅すぎる反抗期を迎えていたのだなぁということです。

そう。

反抗期。

笑っちゃいますね。

 

反抗期同士がお互いに甘えた結果。

こじれるのもおかしくないでしょう。

愛の形は様々で、受け取り方も様々で。

どうであろうと、生きていくだけのこと。

自分の人生をしっかりと自分の足で歩くこと。

今となっては、私は私をしっかりと生きていくだけ。

そして、母がいてもいなくても、変わりはないのだ。

という、とてもシンプルなことに気がついたのです。

 

弟の家で写真の中からピースサインを送っている母は、

満面の笑顔です。

その笑顔を見ると、

親子というのは不思議なものなのだなぁと思うのです。

――――――――――――――――

みや プロフィール

メンタルセラピスト(日本メンタルエステ協会認定)

パステルアート講師

曼荼羅アーティスト

こころセラピスト

 

愛知県在住。

スピリチュアルの世界で迷子になり、さまよっていた頃、メンタルエステスクールとつながる超強運の持ち主。2012年にスクール生になる。

その後も紆余曲折を経て、やっと「生きる」という実感を持って日々を「幸せ」に生きることができるように。

その経験から、誰でも 絶対大丈夫と思える人生を創ることができる、その力をみんな標準装備している、という信念のもと、アートを中心に活動している。

人生はいつだって新しく始まります。そして、自分を幸せにするのは自分自身、自分の心で創っていけます。

個人的にはかなり波乱万丈な人生を送っている、と思っている。

なので意外と経験豊富。

そして、とてつもなく強運で幸運の持ち主である。と思っている。

見た目はおばさん、声はおっさん、描く絵はメルヘン。

 

■ブログ:そらいろcafe ココロノアトリエ

■HP:そらいろcafe ココロノアトリエ~パステルアートであなたが輝く~